海と劇場、ときどき本棚

2018年の7月に爆誕した何をするのかを模索しつづける会社「ひとにまかせて」代表のブログです

物語のプレゼント

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(この記事は4年前に書いたものを元に書き直したものです)

7年前に「自分の本をつくる」という講座を受けました。

freedom-univ.com


自由大学という社会人向けに少し変わった視点の学びの場を提供している団体の授業のひとつで、本を出したいと思う人たち向けに、自分の内面と対話して自分が伝えたいものはなんなのか、そんなことを探る内容でした。

7年前というのはぼく自身の迷走期。

(まあ正直いまも迷走してますが)
それまでの仕事を休業して次の何かを模索して半年あまりが過ぎ、まだ答えが見つからず悩んでいたのです。

文章を書くというのは昔から好きなことでしたが、本格的にそれに取り組むことはしてきませんでした。
それまでの半年間、自分の中のものを棚卸しして、見つけたものを取捨選択し、そして思い出した自分がやりたいことのひとつ「本を書く」をもう一度見つめ直してみよう、そういう思いから受講しました。

「自分の本をつくる」は人気のある講座でぼくが受けたのは14期。その後も定期的に講座は開催されていました。
5日間の講義の中で自分のやりたいことをブラッシュアップして、その最終日に自分の作りたい本の企画書を参加者相互でプレゼンします。


先日、30期生の最終プレゼンをオブザーバーとして聴講させていただきました。

9人の方の出版企画のプレゼンはそれぞれの方の個性と情熱に満ちたものでした。
ぼく自身は若い頃からずっと舞台業界で技術者として仕事をし続けてきたせいであまり外の世界のことを知らないので、世の中には様々なバックボーンを持った人たちがいて、いろいろなことに情熱を傾けているのだと感心させられる時間でした。

 

その中でひとりの参加者の女性からこんな言葉が飛び出しました。
「わたしはこの本を出せないままだと、死にきれないと思っています」

彼女の夢は自分の作品を出版することではなく、若い頃にニューヨークで出会った一冊の本を翻訳したいということ。

30年ほど昔にアメリカで出版された一冊の本。
流行のファッションを追い求めるのではなく、その人に合ったものを身につけることでスタイルが生まれるというテーマ。

正直、自分があまり興味のある分野でもないのでそこまで内容に引かれわしませんでした。
ただ当時の彼女がその本に出会いどれだけ衝撃を受けたか、そして自分が味わった感動を伝えたいという情熱がどれだけ深いのか、それは理解できた気がしました。

それは自分自身も同じような体験をしたからです。

 

講座を聴講するにあたり、最初に講師の方から現受講生の方に簡単に紹介していただいたのですが、そこで「この人は文学賞を受賞したことがあります」と。

自分の本を出したいと思う人たちなのでその辺りには非常に食いつきがよく、講義後の懇親会で賞を取ったことに関することをいろいろ聞かれました。
その中で「普段は違う仕事をしながら受賞した作品を書くのは大変じゃなかったですか」という質問がありました。

ぼくの答えは
「ぼくにしか書けないと思っていたので、書くことが義務だと思っていました」
というものでした。

 

ぼくが頂いたのは「海洋文学大賞」というもので、もう20年近い昔のことになります。
出版社などが作家の発掘のために行っていたのではなく、海事関係の業界団体が海洋文化の普及などを目的に開催していたコンテストで、はっきりいってレベルはそれほど高いものではありませんでした。

その頃ぼくは本業のかたわら帆船でボランティアクルーをしていて、1年のうちの1〜2ヶ月を船の上で暮らしていました。
そのご縁からある年の夏に大西洋を横断する帆船レースにクルーとして乗船することになり、その航海記を書いて賞をいただきました。

 

それまでも何度も帆船での航海は経験していました。
でもカナダからオランダまで大西洋を越えるその航海は初めてのことだらけで。。
何人もの仲間と一緒に初めての海を越える。
いくつものドラマが生まれて、そして自分の中にも様々な感情が生まれました。

その航海はぼくにはとても大切なものになったのです。

 

けれど、記憶は風化していきます。
航海のなかでぼくや航海を共にした仲間達が感じたことはあっというまに消え去ってしまいます。

どうしようもないことですが、それがどうしてもガマンできなかったのです。

航海日誌に残された航海距離や針路の記録ではなく、

海図に記された航跡でもなく、
美しく切り取られた一瞬の写真でもなくて。

明るい夏の光に照らされたデッキや深夜の当直の闇の中で。

乾いた海風に吹かれながら波頭に踊る陽の光のキラキラを眺めたり。

そんななにげない時間の中でぼくたちの見つけたそれぞれの夏があっさりと失われてしまうことが許せなかったのです。

 

だからこそぼくは書き残そうと思ったのです。
自分にとって、そして一緒に航海したみんなにとっても大切なその夏の記憶を。
ぼくは忘れてしまいたくなかったし、航海の仲間にも忘れて欲しくなかった。

だからぼくはみんなにプレゼントしたかったのです。
ぼくたちの航海の物語を。
そしてそれが形にできるのはぼくだけしかいない、そう思い込んでいたのでした。

能力があるとか経験があるとかそういうことではなく、思いの強さそれだけでも人は普段よりずっと強い力を出すことができる。
ぼくは今でもそう思っています。

 

 そして大西洋を渡ったあの夏から19年が過ぎました。

航海の仲間と自分のためにしか語ったことのなかった話を、こんどはもう少し大勢の人と語り合ってみようとイベントを行うことになりました。

なぜ、いまになって突然?
理由はあるようなないような。

でもいままでは話そうと思わなかったことがいまなら話せると思ったのです。

4月26日、下北沢でお待ちしています。

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