海と劇場、ときどき本棚

2018年の7月に爆誕した何をするのかを模索しつづける会社「ひとにまかせて」代表のブログです

劇場が100以上ある街

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ちょっと写真が見にくいのですが、地図にマークしているのは全部劇場です。

端から端まで30分ほどで歩けるエリアに150ほどの、それもほとんどは定員200人以下の小劇場が建ち並んでいます。

日本ではありません。韓国のソウルにある「大学路」(テハンノ)という街です。

4年ほど前に仕事で韓国に行った時、丸一日オフ日がありました。

そのときに通訳さんに案内してもらったのがこの街でした。

 

ソウルに学生街から生まれた演劇の街があることは知っていたけれど、100以上の劇場があるというのはちょっと盛りすぎなんじゃないかと思っていました。

だけど実際に行ってみると聞いていた以上で。

街そのものの雰囲気は原宿とか青山みたいな感じ。

少しオシャレなカフェやショップが並んでいます。

そんな街のあちこちに劇場が散りばめられています。

 

劇場の多くは雑居ビルのなかにあるのですが、ビルの前にはそれぞれの劇場のチケットブースが出ていますし、あちこちの劇場のチラシを見ながらチケットが買えたり、当日券を安く買えるようなチケットセンターもあって、気軽にチケットを買って劇場に入れるようになっています。

また街中に演劇にまつわるパブリックな場所がたくさんあるのも印象的でした。
劇場のロビーがオープンカフェのようになっていたり、演劇資料の図書館があったり。
劇場と街の境目がゆるやかで、演劇と日常の距離が近いのはすごくステキだと思いました。

 

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昨日のブログで書いた「小劇場の出口」

そのひとつの形がこの街にはある気がするのです。

 

日本の小劇場は劇団が公演の主催になるケースがほとんど。

劇場を借り、スタッフを雇い、公演日程を決め、チラシを作り、チケットを販売します。

赤字になる公演も多いですが、黒字になったとしても主催の劇団に十分な利益が出ることはあまりありません。

 

ソウルの制作形態は逆で、劇場が公演を企画します。

劇団に制作費を払い公演を行います。

利益も取る代わりにリスクも劇場が追うのです。

なのでソウルの演劇シーンにおいては、日本の小劇場では一般的な「ノルマ」という概念はなく、逆に役者も少額とはいえギャラをもらって舞台に立つのが当たり前らしいです。(最近ではそうではないケースもちらほらあるそうですが)

 

人気がある作品は再演を繰り返したり、ロングラン公演になったりするケースも珍しくないとか。
実際にぼくが見た作品も10年ほど続くロングラン公演でした。

チケットは2000円くらい。

キャパ150くらいの劇場で、さすがに満員ではありませんでしたが、それでも100人ほどのお客さんは入っていたと思います。

自分が関わった作品があたってロングランになれば、それだけで生活していくことも十分に可能。

またそうした人気のある作品には、大きな劇場のプロデューサーなども頻繁に足を運ぶので、役者や演出家、脚本家などにとっては様々な形でステップアップするチャンスを得やすい環境があるそうです。

 

もちろん、いい話だけではなくて、そういう環境があだになって、コメディーやミュージカルなど一般受けする作品を作る団体が増えて、芸術性の高いものや前衛的なものを作ろうとする人たちが減っているという話も聞きました。

大学路自体が元々は韓国の民主化を目指す学生の声からいまのような街になったという経緯があるのですが、いまではそういう方向のエネルギーを街から感じることはありませんでしたる

 

一般の感覚だと、映画やテレビドラマに出ることや大きな劇場に進出することが俳優としてのステップアップのように思われるかもしれませんが、実際にキャパが200人程度の小さな劇場のほうが、作品としては魅力的なものが多いのです。

ただそれだと経営的に厳しいことが多く、日本では俳優として食っていくには映像か商業演劇に行くしかない状況。

けれどここでは小劇場という世界の中で職業俳優として生きていくロールモデルがあることは素晴らしいと思うのです。

 

ぼくは今まで日本(というか東京)の小劇場演劇は質、量ともに素晴らしいと思っていました。もちろん、今でもその考えは変わりませんが。
街のあちこちに小さな劇場がひっそりと息づいていて、時折その暗がりからエネルギーを持った人たちが現れてくる。
そんな東京という街と演劇との少し特別な関係が大好きです。

 

その一方で、舞台で生きていくという夢を見続けるために、たくさんの人がとてつもなく努力し続けているのも見て来ています。
小劇場の役者さんたちを見ていると、どうしてそんなにがんばれるのかと切ない気持ちになることもしょっちゅうあります。

ソウルの演劇事情が最高というわけではありません。

だけどそこには、東京で役者として生きたいと願う人たちがもっとハッピーになれるヒントがたくさんあるのではないか、大学路を歩きながらぼくはそんなことを考えていました。

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