海と劇場、ときどき本棚

2018年の7月に爆誕した何をするのかを模索しつづける会社「ひとにまかせて」代表のブログです

感情や関係性を照明で表現する

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舞台照明デザインについてもう少し書きます。

これまででいちばん尖った照明デザインをしたのは、5年ほど前にやった「モグラのヒカリ」という作品でした。

なんども一緒に作品を作ってきて、かなり信頼してもらっている演出家さんとのお仕事だったので、少し攻めてみようと。

そしてこの時期、ただ同じような仕事を繰り返すことに少し疑問を感じている時期でもありました。

そんなこともあって、チャレンジできる環境が揃っていたこの作品はいつもと違うものにしたいと思ったりもしていたのです。

 

このお芝居、主人公は目の見えない小説家。
人気タレントでもある彼と周囲の人々との関係性が物語の核になります。

一見、彼のことを丁寧に扱っているようにみえる周囲の人々ですが、それはあくまで仕事の上での関係性。

彼のことを心から大切に思っている人は誰なのか、みたいなお話。

 

目の見えない主人公の存在と周囲の人たちとの距離感を表現するために、ちょっと変わった照明デザインを考えました。

主人公が舞台上にいるあいだは、舞台上が茶色い光に包まれるというものです。

目が見えない彼と周囲の人が見ている、感じている世界の違いを光の色合いで表現したのです。

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同時に、周囲の人との距離感の変化でも舞台の色合いが変わっていきます。

周りの人の意識や興味が主人公から離れていくと、その人の周辺はリアルな色合いに変わっていきます。

主人公と周りの人が本当の意味でつながっている間は舞台全体が茶色い非リアルな色合いで染まりますが、関係が途切れると主人公の周りだけ彼の色が残り、他の部分は現実的な見え方に戻ってしまいます。

これは一般的演劇の照明デザインとは少し違うやり方です。

普通は時間や空間というリアルや要素をベースに明かりを決めていきます。

けれどその作品では「感情」と「関係性」をメインに考えて照明をデザインして行きました。

その時の演出家の作品は、一見リアルで当たり前の風景のその奥にどこか不思議な雰囲気、違和感、人間の妄執みたいなものが隠されているものが多いのです。

「モグラのヒカリ」もそんな普通の奥に潜んでいる笑いや悲しみをとても繊細に取り扱っう作品だったので、リアルな感情と隠された不合理な気持ちを見ている人に感じてもらいたくて、そういう照明デザインにしてみました。

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下手側(写真左)と上手側(写真右)、同じ空間や時間軸だけど感情の方向性で違う見え方をしている


照明デザインの出来は個人的にはとても満足しているし、自分のやりたいことができたなあと思っています。

でも観た人にとってどうだったのかはいまだにわかりません。

照明について言及していた人があまりいなかったので、そういう意味では成功だったのかもしれません。

演出家にも照明デザインの意図と具体的なディレクションについて事前に説明して、リハーサルでチェックしてもらったうえでOKはもらっているので、作品から外れてはいないとは思うのですが。

 

それでも、ぼくの意図が見ている人に伝わったかどうかはわかりません。

というかおそらく伝わっていません。

どっちかというと伝わらないほうがいいと思ってたりもします。

ぼくの狙いや表現が観客に印象には残らず、それでいて作品そのものの印象が心に残る手助けになる。

そんなのがぼくが思う理想の照明デザインです。

その理想のなかで最大限攻めてみた、強い表現にチャレンジしてみたのがこの作品だったのです。

 

この作品の映像は残っていません。

最近のお芝居はDVD化することを見越して撮影してもらうことが多いのですが、この企画は一度きりの特別なものだったのでDVDを販売する予定がありませんでした。

またDVDを作る予定がなくても、資料用に撮影することがほとんどなのですが、様々な事情でそれもなかったのです。

なので、この作品を見ることはもうできません。

言葉で照明デザインを語るのは難しいし、写真で一瞬だけを切り取っても違う伝わり方をしてしまいます。

劇場で観てもらうのが一番なのですが、それが無理ならせめて映像で見られればいろんなことが伝わるとは思うのですが。

作品としてもとても素敵だったし、出演者もみんな魅力的な素晴らしい作品だったのでとても残念なのですが、そんなもったいなさもまた「演劇」なのかなとも。